ヤクルト山田、三打席連続ホームラン!背番号1も内定へ

昨日、神宮球場でおこなわれた日本シリーズ第三戦。
ヤクルトスワローズが1回、山田の2ランで先制、ソフトバンクは2回に暴投と福田の適時打で同点にするも、3回ヤクルトの山田が再び勝ち越しソロを放つ。その後、ソフトバンクが4回今宮、5回明石のソロで1点リードするも、その裏ヤクルトの山田が3打席連続本塁打となる2ランで再逆転をする。また、ヤクルトは8回に3点を追加し、本拠地初戦を制し1勝2敗とした。
山田の3打席連続本塁打は、日本シリーズ同一試合史上初の記録となった。
また、シリーズを前にヤクルトの山田の背番号が、来季から「1」に変更することに内定したことが分かった。
前任者のメジャーリーグのジャイアンツに所属する青木にヤクルトのエースナンバーの1について、球団幹部が「山田に1をあげてもいいか?」と打診し、快諾を得たという。
以前から「いずれは1をつけたい。今の番号にも愛着があるけど23から1になった青木さんを追いかけたい」と話していた。
「ミスタースワローズ」の象徴の番号を背負うのにふさわしい姿となった。

たま駅長、死後もツイッター健在

和歌山電鉄のネコ駅長「たま」が亡くなって3ヶ月が経った。誰からも愛されたたま駅長、ツイッターの公式アカウントでは今も発信を続けているそうだ。フォロワーは5万人台に突入。実はたま駅長が今でも健在でいられるのにはある理由があった。「それは天国に行かなかったからです」とのこと。
子猫時代は和歌山電鉄喜志駅そばの小屋で飼われていたたま。「ふてぶてしいようで、どこか愛嬌のある顔つき」が小嶋光信社長に見初められ、駅長に抜擢されると人気はうなぎのぼりに。たまを一目見ようとたくさんの人が駅を訪れ、活気をなくしつつあったローカル線に復活への希望を与えてくれた。亡くなったのは今年6月22日。人間に例えると80歳という16歳での大往生だった。
そのたま駅長、ツイッターデビューは意外と古く、2009年の12月25日だった。開口一番に「メリークリスマス」とだけ。今では語尾に「にゃんご」と付くのがお決まりだが、当時は「ニャ!」「ニャア」「にぁ」などと若さゆえに落ち着きがなかった。
その後、たま駅長は執行役員→社長代理→ウルトラ駅長と出世街道をひた走る。同時にフォロワー数も急伸。ツイートするたびに数十から数百のリツイートがされるまでの人気アカウントとなった。
そんなたま駅長が6月に急死。葬式後、たま駅長は「天国行きの電車に乗車いたしましたにゃんご!」とツイートしていたものの、神式で葬式をしたため天国へは行けなかったのだとか。社内ではたま駅長が生前、和歌山県知事から「県観光招き大明神」の称号を贈られていたことや、「名誉永久駅長」の事例が出たことなどが議論され、「神様になったたまは天国にはいかない」という結論を出した。
今、たまの魂はたま没後に喜志駅に完成した「たま神社」に宿っているという。でもツイッターを見ている限りは各地を転々としている様子。関係者は「温かい気持ちで皆さんに見守ってもらえたら、たまも喜ぶのでは」と話している。死後もなお愛されるたま駅長。これからもたまらしいツイートで楽しませてくれそうだ。